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編集後記

広報部長 伊藤博雄

 宮城公嘱NEWSもVOL.6の発刊となりました。前任の大山部長から引き継いでの本号の発刊は、私にとって感慨深いものがあります。
 今回は仙台法務局民事行政部長からご挨拶をいただき、首長リレーのほうは岩沼市長から丁重なるご挨拶を頂戴いたしました。
 本号の業務だよりは、次年度の17条地図作製作業へと継続が期待される「太白区ひより台地区地図混乱実態調査について」を掲載しました。
 9月の第18期通常総会において役員の改選がなされ新理事長に小野温平前副理事長が就任し、理事・役員の役務分掌は前記役員名簿のとおりとなりました。巻頭の小野理事長の所信表明は熱気溢れるものがあります。今後、時に因って英断を下し協会を正しく導いていただくよう社員一同お願い申し上げる次第です。また理事長のこの方針に沿って和を保ち理事・社員が一丸となり邁進すべきものと考えます。
 広報部のスタッフにも変更がありましたので紹介いたします。気仙沼支所長の佐々木宏明、作家水上勉似の容貌で(チョッと古いかぁ~)この間まで「夕焼け支所物語」を創作してmailを介して理事仲間に配信し、その人となりを醸し出し人情豊かなところを披露した。ペンネーム「浜風君」、今後の活躍が大いに期待されます。石巻支所所属の理事松下隆好、VOL.1の「石巻市の道・水路立会業務」、VOL.4の随筆「無口な魔物にご注意」を既に発表し、その頭脳明晰な分析力は広報部随一と皆が認めるところです。しかし、二重人格的ところ(軽く流して下さい)があり、最近「金華山のバンビ」のペンネームにて大阪弁モドキの突っ込み論調の表題「突っつきまっせ~」を、mailを介して理事仲間に配信し物議を醸した。お互いに本音で語り合うことが物事を進めるうえでの第一歩とも思いますので今後とも精々突っついて下さい。別のペンネームは「角バンビ」。登米支所長・副部長の沼倉郁郎、通称なんちゃん(うっちゃん・なんちゃん)。以前の紹介にもありましたが小林旭そっくりの歌唱力で「自動車唱歌」はグンバツである。VOL.3の「測地成果2000」について、VOL.5の「世界測地系座標変換ソフト『TKY2JGD』の紹介」など新しい情報の取りまとめを最も得意としている芸能人です。そして私、広報部長・常務理事の伊藤博雄、顔が似ているということで通称大介(大介・花子)。不本意ながら前任の大山部長が名付け親なのでありがたく?お受けしよう。特技なし、うまくはないがカラオケ好き。広報担当(経理兼任)副理事長大山明政、過去5回の宮城公嘱NEWS発刊の功績(こればかりではないかぁ~)によりこの度メデタク副理事長に就任。わが協会随一の博識の士である。この御仁もうまくはないがカラオケ好きで「夢一夜」はたいへん趣きのある歌い方である。特技は割り勘負けしないこと。通称誰言うともなくサブちゃん(北島三郎)。ほんとソックリです。以上の5名のスタッフにて1期2年間で4回の発刊に努力をしてまいりますのでよろしくお願いいたします。また社員の皆様に対して速報性のある情報は「宮城公嘱リアルタイム」を発信することとなりましたのでお知らせいたします。
 話しは変わりますが、誰にでも恩師と呼べる先生が存在すると思います。この欄を借りて素晴らしい先生を紹介させていただきます。過日母校建築科の同窓会があり、しばらくぶりで恩師のK先生を囲んでの歓談の時を得て、若かりし日の思い出がよみがえり少しはリフレッシュしたような気がしている。先生は昭和35年に母校建築科に赴任し、平成1年までの29年間母校一筋に教鞭をとられ退職した後も母校の非常勤講師、建築科同窓会顧問という立場で74歳の今でも元気に同窓生の教育に携わっています。昭和45年頃、「卒業生を送り出しただけでは就職指導は終わらない。企業ごとの先輩諸君に依頼して、日常的に後輩のケアをしてもらう方法の確立」など計画的な進路指導の必要性を感じ、昭和47年建築科同窓会「建友会」を創設、及び会報の発行。翌48年には同窓会名簿発行。平成3年建築科同窓会事務局「建友倶楽部」の創設。とご尽力いただいきました。工業高校の単独学科で網羅的な組織を維持し、しかも30年間活動し続けている例は外にないということです。「実社会は学歴よりも人間性や責任感がより物をいう世界であり、建築科を選んで集まってきた生徒達の士気を鼓舞すべき、と国家資格を取ることを奨励」し、師の薫陶受けた我が同級は、47名中28名が一級建築士、土地家屋調査士1名、教員2名と資格取得することが出来ました。K先生は途中転勤の打診があり、俗に言う栄進を取るかそれとも建友会に骨を埋めるかの選択を迫られた時、「生徒の小さな灯台でありたい」との思いが優先し、結果的に「生きていく力を育む教師」を選択されました。「つらつら思うとき、私は本校に来てはじめて教育に開眼したように思う『生きた学び』というものをはじめて教えてくれたのは、誰であろうか、生徒諸君であった。職業高校では未成年の彼らを実社会に送り出す。ケア期間は最低でも5年は必要である。いろいろと若年卒業生の困難を見聞きしているうちに、本校を最終校として社会に飛び出していった彼らを、永く見守りつづけたいと思うようになった。学科は教師と生徒でつくる家族社会のようなもので、これは普通高校には見られないものである。彼らの母校はここしかないし、帰ってくるところも相談できるところも建築科しかない。大それたことであったが、彼らのために、母校に古い教師が一人くらい残っていて、その相手になってやっても良いのではないかと思って過ごしてきた。こうして私は現役時代に創設した『建友会』と、その後200名に増えた短歌結社の主宰(北原白秋系短歌結社「北炎」代表)という、身の丈にあまる仕事二つを抱え、些か忙しい日々を送っている。しかし多くの教え子諸君と、短歌に人生を託している人々に寄り添いながら余生を送られることは、何と幸せなことであろうかと心から感謝して日々を過ごしている。」
 近年の同窓会会報「建友会」中のコラム「T定規」に、「急速に国家競争力が鈍化してきた日本の青少年に、体系的な技術教育に加えて勤勉とか忍耐、知的好奇心・創造の喜びを育てるための時間をたっぷりと用意してやらねばならない。国力の劣化が進行している今、『ゆとり』などという亡霊から早く抜け出さなければ日本に明日はない。」というものがあった。K先生の職業教育に関しての脈々とした熱意が伝わってくる。
(参考文献「職業教育回想 T定規」著者 菊池謙 北炎社)

平成14年12月