協会設立20周年を祝して
宮城県土地家屋調査士会
会長 舟山政明
宮城公嘱協会設立20周年おめでとうございます。制度の発足以来、組織の充実強化を図り、官公署の信頼を得て、また社員の勤勉と技能が認められ、業務受託におきまして、着実な成果を上げておりますことをお喜び申しあげます。協会と調査士会がお互いに連携を強化し、理解を深めることが制度の発展に不可欠なことと認識しておりますので、これからも宜しくお願いいたします。
今、取り巻く環境は新たな秩序を求めて盛んに胎動しているように感じられます。調査士の業務も従来の登記から境界に関する司法の領域に踏み出しており、ADRや筆界特定制度といった新たな試みに挑戦しています。しかし、新たな試みが新たな業務を生み出し、新たな経済基盤になるかは別の問題だろうと思います。調査士が新たな試みをするのは調査士制度、地籍制度という山を高くするために裾野を広げていることで、全ては山を高くするという目的、つまり調査士制度や地籍制度の完成度を高めるという以外の目的は考えられません。(ただ派生した業務が新たな山をつくり独立した業種となるのはそれはそれで歓迎すべきことではあります。)「執着」というとどちらかというとマイナスのイメージがあるかもしれません。しかし、何を見ても何を聞いても、全ては執着したものの為に帰結する心がなければ極めることは難しいことのように思われます。
凡人は日々の不具合を見つけ改善しつつ裾野を広げ、山を高からしめます。倦まずたゆまずできる人が「偉大な凡人」なのだろうと思います。これに対し何年かに一人、歴史に名を残すような類の人が山そのものを噴火させ飛躍的に山を高からしめます。このような人が「天才」と呼ばれます。天才は紙一重だそうです。モーツァルトの音楽は当時「あれでも音楽か」と言われたそうですし、「それでも地球が動いている」などという人はやはりどこかおかしいのに違いありません。また、高杉晋作が歴史に名を残しているのはあの時代だからで、他の時代なら単なる「気違」だったと言われています。天才が出現するには混沌とした時代背景も必要のようです。明治維新・戦後の復興期と同列に評される今の時代なら出現する下地としては十分のようにも思われますが・・・。